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2月11日:祝日建国記念の日・紀元節について

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画像説明:【橿原神宮】2月11日は最寄りの神社へ

「毎年2月11日は『紀元節』(きげんせつ)ですよ~」

紀元前660年、初代神武天皇が橿原の地(現在の奈良県橿原神宮)で即位された日「正月朔日」(1月1日)を、明治期に新暦に換算し2月11日と定めました。

神武天皇の即位年を「皇紀こうき元年」と呼び、即位日の2月11日を諸外国で言う「建国記念日・独立記念日」として祝日化したのがこんにちの「建国記念日」です。

現在の「建国記念の日」国民の祝日:昭和41年(1966)「建国をしのび、国を愛する心を養う。(日)」として制定されました。

日本の建国は世界最古の紀元前660年です

我が国は世界最古の国家で・本年度(令和8年・西暦2026年)は「皇紀2686年」となります。

  • 『皇紀年=国家の年齢』
  • 『紀元節=建国記念の日』

という事になりますね。

タヌキ
タヌキ

ちなみに「紀元節」の「紀元」とは、国家建国の最初の年という意味。

「節」とは、ものや時節の結び目・ふし目という意味ぞなもし。

「建国記念日」と「建国記念の日」の違いはどこから?

大航海時代以来、世界を席巻した簒奪者による”支配”は苛烈を極めます。

今尚、世界をわがもの顔で蹂躙するシティー・ウォール街の金融業者、とりわけその暴力装置たるアメリカ合衆国に打ち負かされた国家には悲惨な運命が待ち構えていました。

もちろん我が国も例外ではいられませんでした。

「の」をつける事で決着

連合国による敗戦リンチ後、形だけの主権回復が許された1952年「サンフランシスコ講和条約」以降、GHQによって一旦は奪われた建国の精神を取り戻そうと、政権与党(自民党)を中心に紀元節を建国日として制定しようとする動きが活発化。

しかし、当時の野党第一党「日本社会党」これに大反対。結果、多くの関連法案が廃案とされていきました。

そこで考えられたのが、

~初代天皇の正確な即位日にこだわることなく、単に日本の建国を祝う日~とする苦肉の策。

確定された日・・・・・・を意味する「建国記念日」とせず、なんとなくこの辺に日本が建国した・・・・・・・・・・・とする「建国記念日」「の」を入れることでようやく制定にこぎ着けたというのが「建国記念の日」の裏事情だったりします。

注:昭和41年・国民の祝日に関する法律の改正案成立

「紀元節」と言われない理由

現代を生きる日本国民の多くは、「建国記念の日」は知ってても「紀元節」は知りません。

その理由は勿論ですが、日本の国柄と国力を破壊する事を目的としたGHQ占領政策に起因。

昭和23年、天皇と国民の結びつきを分断するため、GHQは我が国の「紀元節」を強制的に廃止させました。

妻

なるほど・・

私たちが「紀元節」と言われてもピ~ンと来ないのは当たり前なのね~

嫡男:スラ
嫡男:スラ

流石、自由と平等の国アメリカ合衆国。

今も昔も変わらないんだね~。

はい、

そんなわけで駆け足で振り返った紀元節

日本の建国(歴史)は、そのまま皇紀で表記可能。

西暦2026年・令和8年は、皇紀2686年となります。

神武天皇が即位してから2686年目を迎える2月11日、日本国民にとって記念すべき日を皆皆でお祝いいたしましょう♡

  • 日本弥栄
  • すめらぎ弥栄
  • 日本国民みんな仲良し。ばんざ~い!!

おしまい。

注:【開運】お時間あります方はご近所の神社さんにお参りしてみて。ステキな幸運を頂けちゃうかもよ~♡