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【コラム】:ハンカチ王子・斎藤佑樹投手が現役引退を表明

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2010年日本ハムドラフト1位:斎藤佑樹投手が引退

(パーソル パ・リーグTV公式)PacificLeagueTV:【鎌ヶ谷ラスト登板】斎藤佑樹『熱い涙と感謝の5球』
  • 伸びのあるストレートに抜群のコントロール
  • ピンチを背負っても取り乱す事の無い精神力

どれをとっても2006年夏の斎藤佑樹投手は歴代高校球児中”最高峰の大投手”でした。

真っ黒に日焼けした球児が熱戦を繰り広げる炎天下の甲子園球場。

そのグランドの中心になんともミスマッチな斎藤投手の涼しげで甘いルックス。

あふれ出す汗をポケットに忍ばせた「ハンカチ」でふき取る姿が王子と形容され、女性ファンのみならず、甲子園ファン、そしてプロのスカウトの目も釘付けにしていました。

斎藤佑樹投手の概略

【プロ入り前】

  • 2006年夏の甲子園大会決勝。駒大苫小牧の田中将大(現:楽天イーグルス)投手との投手戦の末15回延長引き分け、翌日の再試合に投げ勝ち優勝を果たす
  • この大会での斎藤投手の活躍はすさまじく、投球回69・投球数948はともに一大会における最多記録になっています。また一大会78奪三振は歴代2位の記録
  • 注目を集めた進路選択では早稲田大学進学を選び、六大学リーグでも大活躍。
  • 大学4年間で東京六大学野球リーグ通算30勝300奪三振を達成(史上6人目)
  • リーグ通算61試合登板・31勝・防御率1.77・ベストナイン2回
  • 2010年ドラフトでは4球団が1位指名する中、見事北海道日本ハムが交渉権を獲得・プロ入り

松井世代・松坂世代など、野球界ではしばしば活躍頭の名を冠に同世代を呼び習わす事があり、斎藤選手と同じ1988年生まれの野球選手は彼の代名詞を冠し「ハンカチ世代」と呼ばれるようになっていきます。(同世代有名選手:楽天田中投手・中日大野投手・SB柳田選手)

【プロ入り後】

  • 2011年4月17日・ロッテ戦に先発出場し初勝利
  • シーズン途中、筋挫傷(脇腹)の故障もあったが、6勝6敗・防御率2.69のまずまずの成績に終わる
  • 2年目の2012年には開幕投手をつとめ見事9回1失点で初の完投勝利を挙げた(西武戦)
  • しかしその後は伸び悩み2軍降格。1軍復帰後も思うような成績は出せなかった
  • 2013年オフ、前年にすでに痛めていたとされる右肩関節唇損傷が発覚。開幕は2軍スタート。シーズン全体でも1勝2敗、防御率7.18に落ち込む
  • 2016年シーズンはチームが日本一を達成する中、斎藤自身は11試合登板の未勝利に終わった責任を感じ、オフの優勝旅行を辞退している
  • 2020年、プロ入り後初の「登板なし」に終わる。そして10月・選手生命自体が危ぶまれる右肘じん帯断裂が発覚
  • 2021年、懸命なリハビリの末7月12日のイースタン戦(横浜DeNA)で実戦登板を果たす(3者凡退)
  • しかしこの時すでにストレートの球速はプロでは通用しない130km/h台。10月1日、現役引退を表明
  • ↑の動画は2軍戦ラスト登板の様子です

野球ファンの声

真剣勝負だからこそ心を動かされる

高校時代の活躍が華々しかったことも手伝い、プロ入り後の期待外れな成績を揶揄する向きもありますが・・知っている者の目には彼のプロ野球選手としての矜持、そして幾多の怪我にもくじける事無く這い上がろうともがいた直向きな努力の数々に、華やかな表舞台で活躍する選手たちとは少し違った”感動”を得たのではないでしょうか。

↓で少しだけ、動画に寄せられたコメントを紹介しておきます。ついたコメント数も大変多く、今もって人気選手であることが分かってきます。

御水さん:まあいろいろ言われてはいるが、杉内が引退した原因の怪我と、斉藤和巳が引退した原因の怪我を抱えてそれでも投げようと奮闘したのは忘れてはいけない事実やなと。リスペクトしかない。お疲れ様でした。

すーぴでぃさんさん:引退レベルの怪我をしても投げ続けていたのは本当に凄いです!自分は全盛期を生では知らないですが、本当にすごい投手でした。本当にお疲れ様でした!!!!!

Berna Zooさん:思わず泣いてしまった。今までネタにされているのを少し面白いと思ってしまう自分もいたが度重なる怪我にもがき続け、これが最後の球になるかもしれないと考えたら今までの野球人生がフラッシュバックして込み上げるものがあったんだろうな。杉内、斉藤和巳と同じ怪我をしても頑張り続けたことも本当にすごい!お疲れ様でした!

山田夢の進さん:さんざん叩かれても、ここまで続けてきたメンタルは、本当にスゴい

埼玉の鴎さん:お疲れ様です!88年組は永遠にハンカチ世代だと思います!西東京大会での力投そして甲子園大会で1番輝いていました!まだこれからもあります!応援しています!本当にお疲れ様でした!

ゆうさん:最後の最後まで本気で向かったからこその男泣きだと思います。世間から何を言われてもマウンドに登り続けた姿は、プロ野球選手そのものでした。また違う形で野球界に貢献されることを期待します。

ごえぐるさん:周りがなんと言おうとマウンドに集まるチームメイトの涙でどんなに努力してきたのかがわかるね

川越太郎さん:ハンカチはこの涙を拭く伏線だったのかな。お疲れ様でした。

引用:【鎌ヶ谷ラスト登板】斎藤佑樹『熱い涙と感謝の5球』動画コメント欄・一部抜粋
妻

カープの同期では同じ早稲田大学のドラ1・福井君(現:楽天)ですね。

あの頃は西武の大石君と並んで3人とも注目を集めていましたね!

思い出は2012年交流戦(札幌ドーム)で佑ちゃんに負けた事です・・シクシク(スカパー録画観戦してました。バースデーのナイスピッチングでした)

多くの怪我と戦った11年のプロ生活、本当にお疲れさまでした・・

本物は無言の感動を呼び込み、偽物は他の功績を掠め取る

大相撲2001年5月場所、平成の大横綱『貴乃花関』が優勝を遂げた折の出来事。

貴乃花関は蒙古と違い真剣勝負の横綱です

表彰式で優勝杯を渡す”時の総理”が、満身創痍の貴乃花関の功績に対し、

「痛みに耐えてよく頑張った、感動した!」とほざいて見せたのです。

例によるワンフレーズは、瞬く間に各メディア界隈でもてはやされ”世紀の一戦”を形容するにふさわしい言葉として、その後長く語り継がれる様になりました。

しかし・・

タヌキはその渦中においてさえ、”神聖なる土俵に土足で上がりこんだ汚物の戯言”のように聞き及んでいました。

14日目の武双山戦で貴乃花関は膝を亜脱臼。翌日の千秋楽、武蔵丸関との優勝決定戦を貴乃花関が制したのは、そのすべてが貴乃花関自身(および裏方さん)の努力の賜物であるはずです。

そこに政治世界の汚物が口先だけをひっさげて上がり込み、他人の功績の上積みだけを掠め取ろうとするさまに・・何やら”違和感”を覚えたのを今でもはっきりと記憶しています。

「努力をしたのも、優勝したのも貴乃花関の功績・・なぜおまえがしゃしゃり出る・・」

小泉氏は2001年4月26日に総理になったばかり。(貴乃花関優勝は同年5月27日)

一般的に、政治界の汚物がスポーツや文化・科学界の偉業達成の一報の度に、その功績に相乗りしようと近づくのは有名で、ツーショット写真におさまったり、メディアを招いての記者会見・表彰式などを通じ自身の政権浮揚を画策したりするのです。

国技である相撲も・・野球も・・もちろんその他様々な分野においても・・第一線で活躍する人々の努力の結果の功績や名誉は、ひとえにご本人と周りのスタッフにこそ享受されるべきもので、赤の他人がそれらの功績にあやかろうとするのは厳に慎むべきで・・まして、政治世界に身を置く者なら尚の事、自らの職責による政治の実績以外を表に出してはならないはずです。

2001年5月場所の土俵の上には・・確かに”本物の感動””偽物の戯言”が並び立っていたのです。

努力の成果(報酬)は努力した者の手に!

政治界隈に巣食う者は、他者の享受すべき利益を盗み他者が勝ち取った功績を誇ります。

現在の私たちの周辺を取り囲む様々な”社会システム”を思い出してみてください。

  • 返す必要のない”借金”を国の借金として国民一人一人が背負わされている(嘘が蔓延している)事
  • 労働の成果(対価)として受け取るはずの賃金を天引きする”派遣型労働システム”が蔓延している事

貴乃花関に優勝杯を手渡した”汚物”が中心となって推し進めた政治の結果・・より顕著となった中抜き社会の蔓延は、私たち一人一人の努力の成果を奪い取るだけにおさまらず、国家そのものでさえ他国に売りさばく如き、まさに売国政治の起爆剤として敷き詰められてしまいました。

ヒャッハー!

私たち国民が”努力や功績が報われる社会”を取り戻すためには・・

先ずいの一番に、世に寄生してはびこる”汚物の消毒”からはじめるべきなのです。

バブル崩壊後の世紀末を超え、30年の長きデフレ社会を耐え忍んだ私たち日本人ですもの・・

サウザー様にお願いし、↑のモヒカン君を借り受け、世の消毒を進めていかなければなりませんね♥

悪いネズミ
悪いネズミ

「北斗の拳・10巻」に出てくる人気キャラだよ!

斎藤佑樹投手は”本物”の野球人でした

政治家の語る「感動した!」には何一つ心は動きませんが・・斎藤投手のプロ野球生活11年の軌跡は、何の言い訳も介入し得ない真剣勝負の世界をありのままに伝える叙事詩として、これからも語り継がれていくのではないでしょうか。

~人の世には叶えられる夢に倍する挫折が横たわっているもの~

2006年当時・・すべての高校球児の夢の頂点に君臨した王子は、現役の終わりを告げるマウンドに降り立ちました。

時代の旗手が果たす最後の使命。

同世代から託された夢と挫折、流した汗と涙を一身に背負いながら、こみ上げる思い出の数々を、心のハンカチにそっとふき取っていたのでしょうか・・

「鎌ヶ谷スタジアムでは投げたくない」(1軍定着を意図しての発言)

ルーキーイヤーそう誓った球場には、

11年後・・少しだけ肌寒く感じる秋風が吹き抜けていくのでした。

紛れも無き野球界の功労者。

斎藤投手の真実の軌跡を知れば、茶化す者など存在し得ないはず。

自身の打ち立てた栄光と、度重なる怪我に泣かされた挫折とを、野球ファンの目にしっかりと焼き付けた・・”本物”の野球人、それこそが『斎藤佑樹』投手の等身大を表す言葉なのではないでしょうか。

・・お疲れ様・・感動をありがとう。

斎藤投手とともに同時代を駆け抜けたのすべての元高校球児達に、日本ハムファイターズに、野球界に・・

そして明日のヒーローを目指し、直向きに努力するすべてのアスリート諸君に・・幸あれ!

おしまい。

タヌキ
タヌキ

日本ハムの栗山監督は、斎藤投手を17日のオリックス戦で登板させると発表。(ただし肩の故障があるので長くは投げさせられないとしています)

場所は札幌ドームです。

佑ちゃんの最後の勇姿、是非お見逃しなく!